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2008/09/07 22:03|

アレグザンダー・グレアム・ベル(電話の父・発明家) 

「ワトスン君、ちょっと来てくれないか」


これは1876年3月10日、電話で行われた最初の通話です。

この電話の発明者ベルは、コミュニケーションそのものに対する興味から電話の発明に至りました。

ベルのライフ・ワークは、聴覚障害者の教育だったのです。



ベルが聴覚障害者とのコミュニケーションに興味を持った理由、それは生まれ育った環境にありました。

祖父は役者で発声生理学の専門家。
父親も発声生理学を専門とし、視話法(ろう者のための発語法とその記号)の開発者。
そして、母親はゴムのチューブの助けを借りてやっと聞こえる程度の難聴者でしたが、ベルは家族のだれよりも母親とうまく会話ができました。

スコットランドのエジンバラで生まれたベルはロンドン大学で学び、聴覚障害者の教育を始めました。

子供のころからピアノをよく弾き、これが発明のアイデアへとつながったと考えられています。

家族でカナダへ移住後、昼は教育、夜は独自に電話開発を行いました。


そして、1876年3月10日、29歳の時、電話の発明に成功したのです。


その後、聴覚障害のある教え子と結婚し、幸せな家庭を築きました。

電話の事業で大成功した後も、ベルは終生「聴覚障害者の教師」という肩書きを大事にしていたといいます。


***


ベルは、同時代を生きたヘレン・ケラーのことを教育・経済の両面から支援しました。

あるとき、ベルは散歩の途中でヘレン・ケラーに電柱を触らせます。

ケラー「いつもこんなにブンブンうなっているの?」

ベル「そう、いつもだよ。このブンブンは世界の鼓動だ。世界は鼓動を止めることはないからね。

この中の銅線は、誕生や死、戦争や世界経済、成功や失敗の知らせを世界中の局から局へと運んでいるんだ。

聞いてごらん。笑いと涙、破られた誓いと仲直りのドラマが聞こえるような気がするよ」

ベルの生涯変わらぬ願いは、電話によるコミュニケーションで遠く離れた人と人の心と心をつなぐことでした。


参考文献


(感想)
私は、ベルもエジソンと同じく、電気関係が専門で電話の発明に至ったのだと思っていましたが、そうではなかったことに驚きました。
ベルは電気に関しては素人で、コミュニケーションへの興味から電話を作ったところがおもしろいと思いました。

「必要は発明の母」ということでしょうかね。
2008/05/30 11:45|すごい科学者たちTB:0CM:0

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