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2008/12/03 08:58|

京都・奈良が空襲を逃れた本当の理由 

中学生のころ(1980年代末)、社会の時間に

「第二次世界大戦で京都や奈良が空襲を受けなかったのは、
アメリカが文化的な国だったからで、
日本の伝統的な文化遺産を残すためだった」

と教えられました。

が、アメリカ軍の史料が公開された今日では、
この“伝説”は何の根拠もないことがわかってきました。

GHQが創作した作り話だとのこと。



やられた。
完全に信じていました。

***

本当のところは、京都は原爆投下の第一目標だったのです。
1945年4月の時点では、京都、広島、横浜、小倉の順だったそうです。

(残酷な内容で、書くのもつらい。)


京都が選ばれた理由は
1.人口が多く(109万人)、市街地が広い
2.三方が山に囲まれた盆地であり、原爆の爆風が最大限効果を発揮できる
3.日本人にとって宗教的な意義を持つ重要都市であり、日本人に大きな衝撃を与えられる
4.知識人が多く、原爆の何たるかを認識した知識人が日本政府に降伏を働きかけることが予想できる
など、だったそう。

アメリカは、人類史上最初の核兵器を使用するに当たって、その威力を正確に測定するために、まだ空襲被害を受けていない大都市を目標としたのです。


京都が第一目標からはずされたのは、原爆投下命令が出される4日前。
日本人を怒らせて、ソ連の側に付かれないようにするためでした。

アメリカ軍上層部では三発目の原爆の目標として、京都への空襲は禁止され、温存されていたといいます。


奈良は小都市(人口5.7万人)で軍事目標もなかったため、空襲目標としては、単に後回しになったようです。

参考文献:日本の歴史を解く100話、吉村武彦他編、文英堂、1994年



(感想)
完全にだまされていました。

非常に、理性的・論理的・計画的な爆撃計画だったんですね。

そこには、人間性のかけらもない。
ただ、効率良く破壊し、奪い取るための法則しか存在しなかった。


焼け死ぬ人間の苦しみ、生き残る苦しみ、家族や家を失う苦しみ、
大きな喪失の前に呆然とするしかない悲しみ。
爆弾の下にいたのも、同じ人間だったのに、
他者の苦しみを想像することは、なかったのでしょう。


ユネスコ憲章の前文より
「戦争は人の心のから生まれるものである。
ゆえに人の心の中に、平和の砦を築かなければならない」


心の中の平和の砦とは、他者の苦しみに同苦することに他ならないと私は考えています。

「かわいそう」と同情するのとは少し違って、同じ痛みを感じ(同苦)、そこから自分は何ができるかを判断していくことが、平和への第一歩ではないでしょうか。

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ささやかながら、この記事を書いたことが私なりの同苦です。

2007/04/24 12:50|本の感想TB:0CM:0

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