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その少年こそ、子供のころのグレーザー博士でした。
書き方の授業のときもぼんやりしている少年を見つけた先生は、母親に養護学校に行くことを進めました。
「この子は授業についていけないのでは」、と考えたからです。
心配した母親は精神科に少年を連れて行き、医者に知能指数を調べてもらいました。
その時のことを博士は振り返っています。
「お医者さんから大丈夫という返事をもらいました。
私の書き方の成績は落第すれすれでしたが、転校せずにすみました。
幼い私が書いたものを誰かが読むはずはありません。
だから、
何のために書き方を習うのか、私にはわからなかった。
誰かに読んでもらうものを書くときになってから、習えばいいと思っていたのです」
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カリフォルニア工科大学で博士号を取った後、博士は素粒子の研究を始めました。
”素粒子”とは、陽子、中性子、電子よりも小さく、それらを構成する要素で、宇宙を構成する究極の基本的構成要素のことです。
どうしたら見つけられるか。
見つけたものを人々にわかってもらえるにはどうしたらいいか。
視覚に訴えるのが一番説得力があるだろう。
博士は、誰の目にも粒子の飛跡がわかる”泡箱”を作り、現在ではK中間子とよばれている宇宙線からの素粒子スペクトルを観察し、研究しました。
そして、1960年にこの泡箱の発明でノーベル物理学賞を受賞。
実は、この泡箱の研究のために政府に申請した補助金2500ドルは「当てにならない研究に税金を使うことはできない」と却下されていたのです。
仕方なく、博士は家にあった古いラジオの部品を使って泡箱の主なところを組み立てました。
そのラジオは博士が6歳の頃に、両親が買ったものを捨てずに取っておいたものでした。
参考文献:週刊少年ジャンプ
(感想)
博士の少年時代のエピソードは、質問ばっかりしていて学校を退学になったという、エジソンの逸話と重なりました。
また、
「何のためにこれを勉強するのかわからない」
と思ったことは私もあります。
友人、知人からも聞いたことがあります。
「数学なんて、加減乗除ができればいいじゃない。
英語なんて、外国に行くつもりもないから別に使わないし」
う〜ん、確かにそうだなあ。
私は理科が好きだったけど、嫌いな人にとってみれば、
「理科なんて知らなくても生きていける」
ということですからね。
でも、いとこ(成人してます)が、
夏至や冬至の科学的意味(太陽が一番高くなる・低くなる)を認識していなかったことには衝撃を受けましたが(^^;)
今の私が「勉強するのは何のため?」に答えるとすると、
「人生を豊かにするため」かな。
いろいろな知識があった方が、楽しいことがいっぱいあるからです。
自分と世界のつながり、自分と様々な人とのつながりを豊かにできるからです。
これは、お金にはならないけど、お金には換えられないものです!
また、博士と私たちの違うところは、「何のためにやるのかわからないから、やらない」と思ってそれっきりではなく、「今はやらないけど、それが必要になったときにやる」ところだったのかな。
納得したらとことんやるタイプ、ということだったと思います。
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「古いラジオを使って泡箱作製」のエピソードもおもしろかったです。
確かに最先端の科学を研究するには、それに伴う技術も必要で、その技術には膨大なお金がかかることが多いです。
が、何も高い機械がなくてはすごい研究ができないわけではなく、物事の本質がわかっていれば、低コストでもいい研究はできる、と私は思っています。
日常生活でもそうだと思いますよ。
例えば、何も、最新式のオーブンレンジなんてなくても、安いオーブントースターでも、いろいろな料理やお菓子が作れます。
・・・と、いうのは我が家の話。
ヘルシオを買ったものの、電子レンジ機能しか使っていなかったうちの母。
私がただのオーブン機能でピザやケーキを作ったら、
「え〜、そんなこともできるの!?」と喜んでいました。
人気blogランキング(自然科学)へ参加中!母さん、そんなことオーブントースターでもできるよ。