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宮崎県で生まれ育った米良さん。
「僕の故郷は自然に恵まれた暖かくて穏やかな所。
でも僕から見える景色は、部屋の窓から見える四角い空だけでした。
幼いころは、ほとんどを寝たきりで過ごしました」
全身の骨が簡単に折れてしまう「先天性骨形成不全症候群」を患い、
小学校の頃は入退院を繰り返し、
10代は車いす生活だったそう。
お母さんは、土木作業をして治療費を稼いでくれていました。
多感な時期に母親に下の世話をしてもらわなくてはならない屈辱。
田舎社会で「あの家は祟られてる」と言われた悔しさ。
何よりもつらい、動くたびに体中をかけめぐる激痛を経験。
米良さんは、
「体をくの字に曲げ、顔も心もゆがんだままでした」
と語っています。
あまりに苦しむ米良さんの姿に、お母さんは
「そんなに苦しかったら、お母さんも一緒に死のうか?」
と。
その時米良さんは
「まだ死にたくない。生きたい!」
と叫んだそう。
お母さんは、心中しようとしたことをずっと悔いていらっしゃいました。
しかし、米良さんは、自分が苦しむ姿を見るのは死ぬより苦しいと思ってくれたお母さんの愛情をかけがえのないものだと思っていらっしゃいます。
その後、少しずつ病状は治まり、奇跡的に歩けるまで回復。
歌に天賦の才能があり、音楽大学へ進学、主席で卒業。
オランダ政府給与留学生として、アムステルダム・スヴェーリンク音楽大学に留学。
27歳のときに、もののけ姫の主題歌が大ヒットし、
日本ゴールドディスク大賞、日本アカデミー賞協会特別賞として、初の主題歌賞を受賞。
「嬉しかったけれど・・・
歌うことで世の中を見返してやりたい、
同情や偏見をたくさん経験してきたからこそ、
生い立ちにつては、どうしても秘めておきたいと思う時期が長く続きました。
でも、見返すなどというマイナスパワーは自分をむしばむだけ。
実際に声がでなくなってしまい、
自暴自棄になった時期を経ていろいろ考えたんです。
どうして、こんなに心が晴れないんだろう?って」
たまたまつけたテレビで、美輪明宏さんが歌う「ヨイトマケの唄」を聞いた米良さん。
♪姉さんかぶりで 泥にまみれて
日に焼けながら 汗をながして
男に混じって ツナを引き
天に向かって 声をあげて
力の限り 唄ってた
母ちゃんの働くところをみた
母ちゃんの働くところをみた
「聴いているうちに母を思い、涙が止まらなくなりました・・・。
学校の帰り道、母の姿をみてもコソコソと通り過ぎていた子どもの頃のことを思い出しました。
僕は土木作業をする母のことを恥じていたのです。
共働きをしなくちゃならなかったのは、僕のためにお金が必要だったのに。
・・・僕が生い立ちを恥じている限り、母の苦しみは続くんだと悟ったのです」
その後、米良さんはコンサートでヨイトマケの唄を歌うように。
故郷・宮崎のコンサートで、米良さんの歌うヨイトマケの唄を聴いたお母さんは、
「この唄を歌ってくれるのが一番の親孝行じゃ」
と喜んでくれたという。
「自分の心をごまかしていては、人の心に訴える唄を歌うことはできません。
そのことを教えてくれた母に心から感謝しています」
現在、米良さんは澄んだ声を見事に取り戻したそうです。
参考文献:pumpkin, 2007年5月号、pp82-83
(感想)
すごいなあ。
(;_;)涙なしには読めませんでした。
お母さんの愛情と、苦しい思いを克服した米良さんの生き方に大感動です!
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